高森郁哉の「ArtとTechの明日が見たい」

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『カールじいさんの空飛ぶ家』:ピクサーの冒険精神はさらなる高みへ

2009年11月24日

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©WALT DISNEY PICTURES/PIXAR ANIMATION STUDIOS. ALL RIGHTS RESERVED.

オープニングの「PIXAR」のロゴが水平に90度回転し、立体感を強調したバージョンになっているのが気分を盛り上げる。そう、これはピクサー・アニメーション・スタジオが節目の10作目にして初めて3D映画に挑戦した長編CGアニメなのだ(短編では『ボルト』と併映された『メーターの東京レース』が最初の3D作品)。

テレビが登場する前にニュース映画が劇場でかかっていた1930年代、スクリーンに映し出された冒険家チャールズ・マンツの飛行船による秘境の旅に、幼いカールは胸を躍らせ、いつか自分も冒険に出たいと夢見るようになる。そんなとき、近所の廃屋でひとり「冒険ごっこ」をしていた女の子、エリーに出会う。エリーもまたマンツに感化され、廃屋を飛行船に見立てて空想の旅をしていた。おとなしく穏やかなカールと陽気で活発なエリー、性格は対照的だがすぐにお互いを好きになる。そして、南米にある伝説の滝「パラダイス・フォール」に一緒に行こうと誓い合う。

時は流れて2人の結婚式。ここからは半世紀以上にわたる結婚生活を台詞なしのモンタージュで一気に見せるが、このシークエンスはまさに珠玉。廃屋を買い取って2人でリフォームし、カールは動物園の風船売り、エリーは園内の鳥の世話係をしながら、夢を語り合い、トラブルを乗り越え、互いを思いやりながら年を重ねていく。エリーがカールのネクタイを締める繰り返しのショット(ネクタイの柄が次々に変わる)では、移ろう時代と変わらぬ愛をほんの数秒で巧みに表現している。そして、エリーとの死別。

かなわぬ夢、果たせぬ約束、失った家族。挫折感や喪失感を伴う経験は普遍的だが、大人になればなるほど身にしみて実感されるものであり、観る者の胸を締めつける。柔らかな照明が効果的に使われ温かな表情を与えられた家の中は、3D映像によってその場に身を置くような感覚がプラスされ、リバーブが深めにかけられたピアノ主体のBGMも詩情豊かで涙を誘う。

物語は現代に移り、カールじいさんの家は周囲の開発が進むなか孤立し、立ち退きを迫られる。いよいよ家を明け渡さなければならなくなった朝、屋根の上に無数の風船が浮かび上がり、家ごと空へと飛び立つ。エリーとの約束を果たすため、カールは思い出の詰まった家でパラダイス・フォールへと旅立った……。

古典的冒険映画の要素を受け継ぐ

冒頭に出てきたチャールズ・マンツが南米の秘境の怪物を生け捕りにして都会に連れ帰ることを目指す、というくだりは、ストップモーション・アニメの先駆的作品である1925年の『ロスト・ワールド』(および、同作を下敷きにした1933年の『キングコング』)へのオマージュ。また、カールじいさんが旅する南米の高地にある奇岩群と滝は、ギアナ高地のアウヤンテプイとエンジェルフォールをピート・ドクター監督らスタッフがロケして中盤からの舞台として描いたが、この高地も『ロスト・ワールド』の舞台になっていた。あるいは、空に浮かんだ家が嵐に遭遇するシーンでは、『オズの魔法使』を思い出す人も多いだろう。

とはいえ、こうした古典的名作を想起させる要素を盛り込みながらも、ピクサーらしい独創性を感じさせるのは、冒険活劇の主人公に78歳の老人を選んだ点だ。並外れた身体能力のタフガイではなく、魔法や超能力も持たない、どこにでもいそうな腰痛持ちのじいさんだからこそ、観客も感情移入しやすいし、自然と応援したくなる。そんなカールじいさんに断崖絶壁でインディ・ジョーンズばりのチェイスシーンや空中のアクションシーンで活躍させるための道具として、風船で浮かぶ家が巧みに使われている。

娯楽活劇に欠かせない笑いの要素も、老人ネタや動物ネタ、世代格差ネタなどがあちこちにちりばめられている。ただし散発的な羅列ではなく、最初のネタ出しが伏線になり、同じネタのバリエーションがストーリー展開を助ける仕掛けとして回収される、というパターンがいくつもあり、そんなところにも毎回オリジナルの脚本を長い年月にわたって練り上げるピクサーの伝統がうかがえる。

CGアニメにおけるピクサーのフロンティア精神

1995年に世界初のフルCGアニメ長編映画『トイ・ストーリー』を世に送り出したピクサーは、ルーカスフィルムの一部門だった前身の時代も含め、常にCGアニメーションの世界で開拓者であり冒険家だった。ピクサー以外のアニメや実写作品にも数多く利用されているレンダリング・ソフトウェア『RenderMan』を開発したこともそうだが、自社の作品でも常に技術革新を続け、動物やモンスターの体毛の緻密で質感豊かなモデリング、流体シミュレーションを応用した水や火炎のリアルな描写などが年を追うごとに向上していった。

そして今回、ピクサーが取り組んだ大いなる挑戦は、意外に思われるかもしれないが、「普通の人間を主人公にしたこと」だ(『Mr.インクレディブル』はスーパーヒーローが主人公なので除外)。かつてのCGアニメ技術は、人間の肌や表情などの描写が苦手で、それゆえに、滑らかな表面を持ち比較的描きやすいオモチャや昆虫、魚、車、ロボットなどが主役に選ばれてきた。人間キャラも1作目の『トイ・ストーリー』から脇役では登場しているが、主役を張れるほどの繊細で複雑な「演技」を長時間させることは技術的・コスト的に困難だったのだ。

主人公のカールと、エリー、旅の相棒となるラッセル少年は、キャラ造形こそ戯画化されたが、肌の質感はそれぞれの年齢に応じて精緻に表現されている。子供の肌は瑞々しく張りと透明感があり、老人の肌は少しくすんで乾燥したような表面。特にカールは口数が少ないという設定だが、瞳の表情や眉、シワの動きなど、細かい描写によって感情がありありと伝わってくる。ほかにも、多数登場する犬たちの、犬種によって光沢や硬さが描き分けられた体毛や、幻の巨鳥「ケヴィン」の羽毛が放つ玉虫色のグラデーションなど、思わず見入ってしまう美しい表現もふんだんにある。

3D映像で特筆すべきはまず、パラダイス・フォールがある高地のダイナミックな景観で、滝の手前で虹がおぼろに浮かぶ様子などは奥行き感がうまく活かされている。もちろん、先述のチェイスシーンや空中アクションでも、没入して体感する楽しさが3D映像によって倍増する。ほかにも、大きな骨格標本が立ち並ぶ展示室の立体感や、幼少時代のカールとエリーがアップになったときの瞳の表現(虹彩が眼球のやや奥まったところにある感じ)などでも、3D映像の利点が感じられた。

意外に多い日本との接点

本作で製作総指揮を務めるジョン・ラセターをはじめ、ピクサーのスタッフには宮崎駿監督のファンが多いことも知られている。ドクター監督もまた、「僕らはみんな彼の大ファン。彼は素晴らしい映像作家だ。ミヤザキは細部にものすごく気を配るので、観客はその場にいるような気分になる。僕らもこの映画で同じことをしようと試みている」と語っていた(/Film。なおこの記事では、『カールじいさん~』は『ハウルの動く城』の米国流の翻案と評されている)。

また、妻亡き後のカールの孤独な生活の描写は、小津映画や黒澤作品『生きる』などからインスパイアされたという。黒澤映画とピクサー作品のつながりでは過去にも、『七人の侍』と『バグズ・ライフ』の類似点がよく知られている。

また、空飛ぶ家に意図せず乗り合わせてしまったラッセル少年のキャラクターは、ピクサーの韓国系米国人アニメーター、Peter Sohn氏をモデルに作られたが、このキャラの声優を務めるのは日系米国人のジョーダン・ナガイ(当時7歳)。兄が受けるオーディションにたまたま付いていったら450人の中から選ばれて映画デビューを果たすという、役柄にもつながる偶然の巡り合わせが面白い。

もうひとつ。ある日本の玩具メーカーが開発した製品が元ネタのガジェットが中盤から活躍する。製品名を明かすと、最初に登場するシーンの驚きと笑いをスポイルしてしまうので、ここでは伏せておくが、映画でこういう小道具として使うアイディアは実に素晴らしい。初登場で笑わせ、故障してまた笑いを誘う。先述の「伏線とその回収」にもしっかり利用されている。


――以上、久々に長いレビューになったが、後半の筋には触れていないし、まだまだ魅力を語り尽くせない。今年これまでに観た10本近くの3D映画の中で、実写・アニメにかかわらず、物語とドラマ、娯楽性が最も高いレベルで融合している作品だと思う。ピクサーにとって、CGアニメも3Dも、素晴らしいストーリーを効果的に伝えるための媒体であり、あくまでも道具だが、その技術を高める挑戦は惜しまず、新しいことを積極的に取り入れる。いくつになっても「冒険する心」と「他者と出会う喜び」を忘れないで、という本作のメッセージは、そうしたピクサー自身の姿勢とも重なる。

[作品情報]
『カールじいさんの空飛ぶ家』 原題:UP
監督:ピート・ドクター
製作総指揮:ジョン・ラセター、アンドリュー・スタントン
カール・フレドリクセン:エド・アスナー
ラッセル:ジョーダン・ナガイ
配給:ウォルト ディズニー スタジオ モーション ピクチャーズ ジャパン
12月5日(土)全国ロードショー
字幕スーパー版/日本語吹替版
一部劇場にてディズニーデジタル3D同時公開
公式サイト

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©WALT DISNEY PICTURES/PIXAR ANIMATION STUDIOS. ALL RIGHTS RESERVED.

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[メイキング映像。冒頭でジョーダン・ナガイに演技指導しているのがドクター監督。]

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プロフィール

1964年生まれ。翻訳者、ライター。訳書に「熱帯アジアの海の生物」「Family Crests of Japan」、注釈協力に宮沢章夫著「『資本論』も読む」ほか。数年前からホームシアターにはまり、仕事場兼用の六畳間に100インチスクリーンとプロジェクター、7.1chサラウンドスピーカーなどを無理矢理入れて、映画や音楽、サッカーを日々楽しむ。

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