yomoyomoの「情報共有の未来」

内外の最新動向をチェックしながら、情報共有によるコンテンツの未来を探る。

Eternal Principle of the Inherited Mind

2009年7月 9日

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先月末、『思想地図vol.3』の刊行を記念した濱野智史さんと藤村龍至さんのトークイベント「設計/デザインを考える」に足を運びました。

正直に書くと、このトークイベントに参加したのは、本 WIRED VISION でも「情報環境研究ノート」を連載し、『アーキテクチャの生態系――情報環境はいかに設計されてきたか』という好著をものにした濱野智史さんへの関心がまずあり、その日の夜に収録され、濱野さんも出演した「文化系トークラジオ Life」「日本のネットは進化したのか」をワタクシも観覧するため、その予習という側面もありました(余談ですが、トークイベントの最後に流れるような口調で質問する人がいて、誰かと思ったら案の定、鈴木謙介さんでした)。

一方でワタシは建築分野は門外漢で、『思想地図vol.3』の特集(アーキテクチャ)、特に藤村龍至さんが寄稿した「グーグル的建築家像をめざして――「批判的工学主義」の可能性」にも目を通していましたが、本当にワタシなどが話を聞いて理解できるのだろうかと不安に思っていました。

今にして思うと、藤村龍至さんの論文の「グーグル的建築家像をめざして」というタイトルに拒否感があったようです。非IT系の人が「グーグル的」、「グーグル化」といった表現を使う場合、それは大抵クズという度が過ぎた先入観があったのです。

しかし、濱野さんが藤村さんの設計手法を「アジャイル的設計」と表現したとき鈍いワタシもようやく得心がいくところがあり、それを機に藤村さんのクリストファー・アレグザンダーの方法論を批判的に継承し、設計に関わる人々の集合知を形成して生成的な建築を目指す「超線形プロセス」、濱野さんが語る「都市」をアナロジーとした60年代の建築家と現在のウェブデザイナーの想像力の比較、ネットとリアルの二項対立を超えた Augmented Reality(拡張現実)による都市への情報工学の侵食の話など俄然腑に落ち、これは来て良かったと一人で盛り上がってしまいました。

* * * * *

およそ二年前、「Wiki Wayレトロスペクティブズ」という文章で江渡浩一郎さんの仕事を取り上げていますが、その江渡さんから献本いただいた『パターン、Wiki、XP――時を超えた創造の原則』をちょうど読了したところです。

「Wiki Wayレトロスペクティブズ」では江渡浩一郎さんの専門分野である Wiki とアジャイル方面を結ぶ「知の水脈」について書きましたが、『パターン、Wiki、XP』は、ソフトウェア設計の定石集であるデザインパターン、代表的なアジャイル開発手法であるエクストリームプログラミング、そしてコラボレーションツールの Wiki の三つの間に流れる「知の水脈」についての本と言えます。

『パターン、Wiki、XP』の序章は、メールやウェブ掲示板と違い「現実世界に対応するメタファ」が見つけ難い Wiki の不可思議さの話から始まります。本書は「そもそも Wiki とは何なのか?」という疑問に端を発し、それを解き明かすために(上記の通り藤村龍至さんも影響を受けた)建築家クリストファー・アレグザンダーという「水源」に遡ります。

ワタシ自身は上に書いたように建築や都市計画はまったくの門外漢ですが、濱野さんと藤村さんのトークイベントで刺激を受けた後だったため、アレグザンダーについての第1部がかなり盛り上がって読め、彼のパターンランゲージによる建築理論がデザインパターン、XP、そして Wiki にどのように受け継がれたか解き明かし、最終的に Wikipedia からニコニコ動画まで切り込む歴史物語を堪能させてもらいました。

アレグザンダーの思想が XP や Wiki にどのように継承されたのか、それはアレグザンダーの6つの原理の中でも「漸進的成長の原理」や「参加の原理」を挙げれば分かりやすいですが、最も重要なのは本書で何度も出てくる「生成的」という言葉でしょう。

この6つの原理全体を通した建築プロセスは、ルールを実体化することによって徐々に構造を生み出していくプロセス、すなわち生成的なプロセスになります。このようにアレグザンダーの理論では、「生成的」であることが重視されていました。(29ページ)

この生成的(generative)という言葉は、およそ一年前に本連載の「インターネットの好ましからざる未来を止め、生成力を保つことはできるのか」で取り上げたジョナサン・ジットレインの『インターネットが死ぬ日』においても最も重要なキーワードであり、このつながりは示唆的です。

ただ当然ながら、XP がアレグザンダーの理論を継承しているから、あるいは Wiki が「生成的」なプラットフォームだからそれだけでその正当性が保証されるわけではありません。

『思想地図vol.3』に収められた共同討議「アーキテクチャと思考の場所」でも、アレグザンダーを日本で初めて紹介した建築家の磯崎新が「つまり、パタン・ランゲージでは実用の役には立たなかったんじゃないかというのが僕の感想です」と語る通り、アレグザンダーの方法論は必ずしも現実の建築で成功していませんし、もっと身近なところで言えば、コラボレーションの場として盛り上がることなく閑散とした Wiki サイトなどいくらでもあります。

そもそも建築、都市計画分野の理論をソフトウェアの世界にそのまま置換できるわけではありません。例えば「「町」に相当するパターンは、ソフトウェア開発ではソフトウェア全体の基本的な構造である「アーキテクチャ」に相当すると言えます。(77ページ)」という文章に素直に納得して先に進んでもよいが、やはり「アーキテクチャと思考の場所」において磯崎新が語る、建築(物)を指す「アーキテクチャ」という言葉が社会学やコンピュータの分野に広がり拡大解釈された結果、本元の建築家からみればすごく居心地が悪いという指摘があてはまるのではないかという疑念が湧きます。

もちろん江渡さんはそうした問題は承知しているはずで、単なる表層のつながりではなく、アレグザンダーを水源とするデザインパターン、XP、そして Wiki に「時を超えた創造の原則」が漸進的な試行錯誤を経て継承され、その技術が単なる効率化ではなく社会的なインパクトを与えうる力を持つことを信じて本書を書き上げたのだと思います。本書はツリー構造におさまり固着することを微妙に拒否する生成的な本です。

さて、本書の発端となった「Wiki とは何か」という問いに立ち戻るとき、本書で最後に残るのは「無名の質」という難解な概念です。やはり最後にはお手軽に説明できない言葉が残るわけで、残念ながらワタシにはそれをうまく語る力がありません。

本文章が公開される7月9日のジュンク堂トークセッションを皮切りに、第7回アーバンコンピューティングシンポジウム(濱野智史さんも参加されます)、そして第7回Wikiばな「Wikiの起源へ」と江渡さんは精力的にイベントに参加されるので、『パターン、Wiki、XP』に興味を持たれた方は足を運び、著者に疑問をぶつけてみるとよいでしょう。

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プロフィール

1973年生まれ。 ウェブサイトにおいて雑文書き、翻訳者として活動中。その鋭い視点での良質な論評に定評がある。訳書に『デジタル音楽の行方』、『Wiki Way』、『ウェブログ・ハンドブック』がある。

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